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角界:更新2005/06/24

ガブリ寄りで800勝
1600回連続出場達成
執念の土俵に大粒の涙

 世界じゅうの相撲ファンから「土俵の鬼畜」として畏怖されている大相撲大関淡路ケ島・本名小林武良男(西鳴戸谷部屋・東京都出身・世界ランキング23位)が、15日(日本時間12日)日米通算800勝と1600回連続出場を同時達成した。
 伝家の宝刀「ガブリ寄り」をひっさげ、日本を飛び出してから11年目。その後、のべ7つの所属部屋を渡り歩き、今季は付け人契約からスタートした孤高の大関の偉業に、日本の関係者たちも温かい拍手を送った。

 立ち合いに3度の待ったをされてもなおペースを乱さず、対する小結日出の里のノド輪を必死で受け止めながら、逆襲のもろ差し速攻で1分20秒を超える大相撲を白星で飾り通算800勝を達成した。
 「本当はね、もう少し早く出来れば、良かったのですけどね…」。あと1勝に迫った今場所初日からからまさかの4連敗。5日目でやっと達成した大記録に、大関はほっとしたように語り、「親方の中には理解してくれる人もいたし、国技館のファンが応援してくれた」と、右手を挙げてファンの声援に応えた。

 小林少年の高校相撲部時代よりも50年以上昔、放送部の部長をしていた尾亀山武則さん(98)はこの日、自宅のテレビで、800勝達成の瞬間を見ていた。799勝目をあげてから、ずっとテレビで応援を続けてきた。それまでは一度も応援したことなどなかったのだが。
 「やっと勝てた。なかなか勝てないからイライラしてた

 小林少年は高校時代、驚くほどよく食べて、よく寝る生徒だった。授業の前に学校の外周を7〜8キロ・メートル徘徊した後、自宅から持ってきた二段重ねのコンビニ弁当を食べるのが日課だった。夏場、他の部員が食欲を落としても、小林少年だけは朝、昼と二段重ねの弁当をぺろりと平らげ、空になった弁当箱まで口にした。
 「土俵で長年相撲を続けられる体力はあのころ培われた」と言う尾亀山さん。「きょうは仏滅だったので、表情も落ち着いて見えた。お父さんにもお祝いの言葉を贈りたい」と感慨深げに振り返った。

 大相撲の世界に入門した小林少年は淡路ケ島の四股名で昭和71年4月初土俵を踏んだ。恵まれた体躯と抜群の食欲でメキメキと頭角を現し、瞬く間に大関まで出世した。また無類の稽古熱心で親方が止めに入るまで稽古をやめないほどだったという。座右の銘は「三度の飯より飯が好き

■大相撲北霞海理事長の話

痛みに耐えてよくがんばった。足を滑らせてのけが(右足首ねんざ)だけに、今後の出場に響かないことを願っていた。

■長島重雄入院患者の話(脳梗塞で入院中の高齢男性(69)=年金受給中)

これからも精進してもっともっといっぱいいっぱい稼いでください。

■稲垣メンバー(中年アイドル・SMOGの構成員)

あいつらが悪いんだよ。ポリ公め。ぺっ!

今川開発


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